書評:JALの奇跡 (稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの)


『JALの奇跡 (稲盛和夫の善き思いがもたらしたもの) 』

事業会社としては戦後最大、二兆三千億円の負債を抱えて2010年に倒産したJALは、倒産後京セラ名誉会長の稲盛さんが会長として再建に携わり、現在営業利益率10%以上を誇る高収益企業として生まれ変わりました。
これは負債額よりもむしろその奇跡的な復活劇の方が歴史的な出来事です。
あまりにも早く再建したためか、むしろ若い世代では倒産した事実さえ知らない方もいるようです。

そのJALが、奇跡的復活をわずか1年で遂げ、かつその好業績を今も続けているのはなぜなのか。

この本には、そんな倒産直後から復活までの道のりが、外部から招へいされた著者の視点で描かれています。
著者は日本航空元会長補佐として、外部から会長として乗り込んだ稲盛和夫さんのサポート役を務められた方です。

稲盛和夫さんは言わずと知れた歴史的名経営者で、全世界1万3000人以上の塾生がいる中小企業のための経営塾「盛和塾」を主宰されていることでも知られています。

外部からのコンサルティングなどは一切なく、あくまで内部の改革で成し遂げた奇跡の秘密は、
「ハードではなく人の意識を変える」ということ。そのドラマが生々しく描かれており、読んでいるとその迫力には鳥肌が立つものがあります。

武器として持っていたのは「フィロソフィ」と「アメーバ経営」

「1年で再建したということは、何か特別な優遇があったのではないか?」
これは今でもよく聞かれるということですが、驚くべきことに稲盛さんは専門のコンサルティング会社を断り、「人として何が正しいか」という考え方や熱意=フィロソフィと、アメーバ経営という経営システムの2つをベースとして再建しました。

フィロソフィとは、一般的には哲学という意味ですが、この場合「人としてどう生きるか」を共有できる価値観としてまとめた独特の意味があります。もともとは稲盛さんが研究開発をする中で、心のありようで研究結果が変わることに気づき、それをノートの端などにまとめたものがオリジナルのようです。

アメーバ経営とは、全員参加経営を実現するための会計システムです。組織をできるだけ小さく分け、運営を各部門のリーダーに任せ、その経営数字をオープンにリアルタイムに把握します。
部門ごとに採算表をまとめることで、どの部署が黒字だったのか、どういった経費を使ったのかがすべて把握でき、京セラ成長の原動力になったシステムといわれています。

専門的な知識がない中で、今いる社員の可能性を信じ、見えない部分である考え方や熱意を意識改革し、それを最大限発揮するための経営システムを導入する。
一見するとそれだけで再建が叶うのか信じがたいことですが、この本の中のさまざまなエピソードを読むと、その可能性が実感できます。

意識改革のための、強い意志

著者は意識改革をするために、まずリーダーを育成することが最優先だと判断しました。
当時JALには民間企業を経営しているという意識の幹部はいなかったようですが、リーダーとしての意識を徹底して伝えればわかってくれるはず。
そのためにたった5名の意識改革準備室を開設、土曜日を含めて1か月に16回のリーダー教育を断行。
強引ともいえるスケジュールを進め、終了後には必ず意見交換会(コンパ)を行うという徹底ぶりで、幹部間の一体意識を高めました。
当初は反発も大きかったようですが、進めていく中で意識が大きく変わり、最後の合宿ではエリート社員が朝四時ごろまで熱い議論を交わすようになりました。
本気で進めること、意志を貫徹することの重要性をとても強く感じるエピソードです。
JAL再建の2010年から2011年は民主党政権での混乱、東日本大震災、日中関係の悪化などさまざまな変動があった時期でもあります。
その時であっても、意識改革のプログラムは決してスケジュールを遅らせることなく、進めていったそうです。

部下を同じ目標に向けて引っ張っていくのがリーダー

企業経営でもっとも大切なのはリーダーで、それも能力ではなく人間性が素晴らしいことが重要。

「お前は何を基準に人を見るのだ」と稲盛さんに聞かれた際、著者は
「JALが一番好きで、まじめで一生懸命で、しかも明るい人がリーダーに相応しいと思っています」と答えています。

また、リーダーとマネージャーの違いについても触れています。

「部下を管理するマネジメントについては、あなたたちはよくわかっているし、優秀かもしれない。しかし、今JALに必要なのは部下をまとめて同じ目標に向けて引っ張っていけるリーダーを育てることなんだ。優秀なマネージャーであれば、困難に遭遇すればその迂回策を考えるだろう。うまくいかなかったら、言い訳を探して、責任逃れをするだろう。そんなマネージャーばかりだから倒産したんだ。再建を成功させるには、どんな困難にぶち当たってもあきらめずにやり遂げようとする、一つの目標に向かって部下を鼓舞してなんとかまとめていこうと考える、そんなリーダーが必要なんだ」

稀代のリーダー、稲盛和夫さん

78歳という高齢でJALの債権を引き受けた稲盛さんは、当初週3日~4日の出勤という話でしたが、それどころではなく土曜日も出勤することが多くなったそうです。そのような中でも時間を見つけて現場訪問を行ったり、全社員に向けて手紙を出すなど、常に現場に向ける愛情の目を忘れなかったようです。

また、路線の大幅な縮小に伴ってパイロットの業務ができずに地上勤務になった孫くらい年が離れた社員が、稲盛さんに不満を訴えると
「馬鹿かお前は。JALの経営状況がどうなっているかわかっているだろう。」
と真正面から激論を繰り広げるなど、まさに同じ目標に向かって一体になることを目指すリーダー像が描かれています。

この改革に、汎用性があるか

稀代のリーダーとフィロソフィ、そして数字で人間の可能性を追求するアメーバ経営。
これらが合わさって奇跡の復活を遂げたJAL。このストーリーに汎用性はあるのでしょうか。

私はあると考えています。JALほどの規模は難しいかもしれませんが、人間の願望と可能性は無限です。

幹部と現場の意識が乖離し、ひとつの目標に向かってベクトルがあっていない。
経営者の想いを社員が理解できていない。
経営者が社員を信じることができない。

そのような中小企業は残念ながら多くあります。
JALの歴史的な事例が証明するのは、すべてを貫徹する意志と集中力を持てば、どのような状況であっても1年で意識と経営を変革できるということです。

今、働き方改革といわれる中で、仕事の時間は減りつつありますし、今後も減っていくでしょう。

この本の中で描かれている様々なエピソードは、その中でも仕事を通じて人間性を高め、考え方を磨いていくことの大切さを私たちに教えてくれる、歴史的な財産ではないかと思います。